ここ数日の間に公開された2つのブログ記事を読んで、なんとなくおもったこと。もし心当たりがある人が読んでも、そっとしておいてほしい……
10年という月日。これって長いんだろうか、それとも短いんだろうか。何とも言えない。
たとえば18っていう時点から見て、前の10年はそれまでの1/2以上であって、その後の10年って1/3ぐらいでしかない。比率で分かる話じゃないよね。
小学校の6年間って、案外長かった気がする。
でも、高校の3年間ってわりとあっという間だった。気付いたら過去の話。
中学は?あっという間だった気はするけど、高校ほど短くは感じなかった。
まあ人の感覚ってそういうものなんだよね。
10年前、将来何になってるなんて考えたことはなかった。というより「未来」を想像することはできなかった。
小学校の時、「1/2成人」なんて作文を書かされたことが有ったよね。当時も今も、そういうことを考えることは苦手。
今となっては何を書いたかすら覚えてないけど、頭悪いこと書いてたんだろうなぁ……
どっちにしろ、今も昔も先のことを考えられない。
ここ暫くの間に、いろんな人々との出会いがあった。
ネットでの出会いって、物理的距離に関わらず最低限一定の距離は保つことが出来る。その人がそこにいる限り……
これがなんとも愛おしく、そして時に恐怖になる。
なんでだろう。
友達が少ないから……なの?
小学校の頃、あるいはそれ以前からの友達。近くにいるうちはとても仲良くても、気がつけば連絡なんか全然取らなくなってたりする。たまに会ったり、LINEとかが飛んできたりすると嬉しくなることもある。
みんな案外変わらない。
駅で名前を呼ばれたことがあった。相手は自分を認識してるのに、自分は誰か気付くのに苦労したこともある。
でも、懐かしい顔は……
懐かしい顔といえば、たまたま出くわして暇だからって長話してたこと。近くにいることは知っているのに、どうも会うことがなかったある人。
話の中身なんてなんにもない。だけど、一緒に話してるのが楽しい。
この時間がもっと続けばな、って。懐かしいものを求めている自分がいる。
多分、それだけじゃないんだけど……なんなのだろう。
10年後、古いともだちとたまに顔を合わせることが出来てたら、それも幸せの1つなのかな。
もしかしたら、周りはみんな結婚してて一人取り残されているなんてことがあるのかもしれない。
仕事という仕事をしていないかもしれない。(考えたくないが)
後悔なんか毎日積もらせてる。
自分は勇気を出せない。
でも、捌け口はあるよね?
捌け口っていい方は悪いな。
自分の求めてるものなんてわからない。
小学校の頃自分をいじめてたあいつだって、高校ではいい友達だった。
考えてみると、けっこういい人たちに囲まれてたんじゃないかな。
自分のことがこわい。
その中であれをよんで、自分の中の恐怖に似たものを感じた。
そして、安心もした。
かわらないっていいことなのかな
変わりたいけど変われない。そんなこともある。
そして、きっとそれは10年後もお大きくは変わってないんじゃないかな。
……なんてだらだら思ったことを書き並べたけど結局すべてがこわい。
ねえ、私はどうすればいいの?